第二十篇 天使再臨
著者:shauna


 自体が変化したのはシルフィリアが術を唱えた直後だった。
 
 急に窓から光が差し始めたのだ。それはすなわち、シルフィリアの魔力がオルガンを上回ったことを意味する。
 当然ながら、それにはシュピアを始めとしたクロノやリオンも目を見開いた。

 「馬鹿な・・・夜が・・・明けただと!?」

 シュピアがそう呟き、サーラ達もそれに見入る。
 しかし、唯一シルフィリアは感動するでもなく、サーラの元へと歩み寄った。
 
 「術を解除してもいいですよ。後は私が引き受けます。」

 シルフィリアにそう言われた為、サーラはやっと術を解除することが出来た。
 フッと体から力が抜ける。

 「サーラ様・・・できれば、アリエス様とファルカスさんの治療を・・・」

 シルフィリアの言葉に頷き、サーラはファルカスとアリエスに一か所に集まるように言い、治療を開始する。



 「フッ・・・夜が明けた程度で・・・早くも勝利宣言か?」
 
 シュピアが嘲るようにそう言うがシルフィリアは相手にしようともしない・・・。ただただゆっくりとシュピアの方に向き直る。



 「痛っ〜〜〜〜・・・」
 静かに悶えるアリエスに対し、サーラはため息をついていた。
 
 「当たり前だよ・・・。こんな体であんな無茶するなんて・・・一ヶ月は専門医療が必要だからね・・・。」
 「は〜い・・・」

 思ったよりも素直な態度にサーラも感心する。

 「でも・・・まさかインフィニットオルガンを超える程の魔力を放つとはな・・・。」

 そう言うのは片腕を失ったファルカスだった。
 
 「ファル・・・大丈夫?」
 「大丈夫だ。」
 「今は魔道義肢の技術も発達してますからね。本物の腕よりカッコイイ腕が付けられますよ・・・。」
 「よかったね・・・ファル。」
 
 「お前ら・・・ってか、シルフィリアの魔力は完全無視か?」

 「だって仕方無いじゃない。シルフィリアさんだもん。」
 「そうそう・・・シルフィリアさんですから・・・。」

 「・・・」

 そんな和気藹々としたやりとりの中、一人アリエスだけは黙り込んでいた。


 「?どうしたの?アリエスさん。」
 「そうだよ・・・シルフィリアの魔力があるんだ。少なくともさっきより状況は良くなっただろ?喜べよ。」
 
 3人が思い思いのことを口にするが、それに対し、アリエスは・・・

 「・・・・・・」
 としばらく黙った後・・・


 「はぁ〜・・・」


 とため息をついた。

 「どうしたの?」

 心配そうにサーラが聞くと・・・。アリエスは目を細め、いつになく真剣な表情で言う・・・。

 「お前ら・・・あれを誰だと思ってる・・・。」












 「幻影の白孔雀だぞ・・・」



 アリエスがその言葉を発した時だ。リオンがあるモノに気が付いた。
 
 「クッ・・クロノ!!!シュピア!!!!」

 その表情は「一体何が起こっているの!!?」とでも言いたげな程に驚いており、声も僅かに震えている。
 そして、彼女の指先はある一点を指しているのである。
 
 それは・・・窓の外だった。
 
 その声には名前を呼ばれた当人たちだけでなく、サーラ達も瞳孔が縮まる程に驚いた・・・。

 「おい・・・なんだよ・・・こりゃ・・・」

 ファルカスが最初に驚きの声を上げる・・・。



 当然だ・・・。

 何しろそこには・・・

 信じられない光景が広がっていたのである。

 窓の外・・・深々と降り注ぐ真っ白な物体・・・。
 それは紛れもなく・・・

 「雪・・・」

 だった・・・。
 
 「おいおい・・今、水の月だぞ!!?」

 サーラに続いてファルカスも驚きの声を上げる。
 だが、驚くべきポイントはそれだけでは無かった。


 初夏の空に降る雪・・・。それだけならまだ異常気象とか、なんとでも説明が付く。
 
 しかし・・・


 「朝も明けてないのに・・・」


 そう呟くロビン。そして、彼の言う通り・・・。


 朝も明けてないのに・・・

 先程まで全員が朝が開けたと思っていたその空は・・・。





 一面のこれ以上ないというぐらい美しさの夕焼けで染まっていたのだ。




 空から舞落ちる雪は夕日に照らされ、金色に輝く・・・。
 
 それは滅多に見られない現象だった。 
 そして、古代の哲学者はこの現象がまるで空が祝福するかの如きその現象にこう名をつけている。


 “栄光なる白雪(グローリー・スノウ)”と・・・


 アリエス以外の全員がうろたえる中、シルフィリアの口元が一気に綻んだ。
 
 そして、その口から静かにその言葉は発せられる・・・。



 「ようこそ・・・我が世界へ・・・」




 「なんだ!!!?何が起きている!!!?」
 うろたえるシュピアをシルフィリアがクスクスと笑う。

 「知りたければ教えましょう・・・。」

 その口は先程と変わらず、余裕に満ちていた。


 同時にアリエスもサーラ達に向けて説明を始める。


 「固有結界魔法!!!?」


 まずサーラが叫んだのはアリエスの口から発せられたその言葉だった。

 「そう、これはシルフィリアの最高魔法の一つ。固有結界魔法“秤等す夢幻の理想郷(アガルタ・ル・アーカーシャ)”・・・。」

 「その効力とは・・・全ての平等化・・・」
 「平等だと!!?」

 「平等って一体どういうことだ!!?」
 「言った通りの意味だ。この空間内では、スペリオルはもちろん、魔術による魔力の底上げも封じられる。」

 「すなわち、この空間内では、武器防具の無効化はもちろん、武器や魔力触媒による攻撃力の上昇、鎧による防御力の上昇も無効となります。ちなみに、魔法も元来その者が使える範疇でしか使えなくなります。つまり、この空間内では己の持つスペック内でしか、戦闘を行うことはできません。」
 「なんだと!!?」

 「つまりこの空間の中では、すべての人間はどんなに強いスペリオルを持っていても意味を成さないってわけ・・・。」
 「そ・・・そんなこと・・・」
 「できるんだよ・・・シルフィリアにはね。」

 「しかし、この魔法・・・たた一つだけ、難点があります。」
 「難点だと?」


 「それは、無駄に長い詠唱とか、術の詠唱中に見える範囲しか空間内に引きずりこめないとかもそうなんだけど・・・。この空間では聖杯やエクスカリバーみたいに神器や宝具と呼ばれる桁外れの魔力を持った魔法具までは封印出来ないんだ・・・。ただ、それまでに受けた聖杯の願いとかは無効化できるけどね・・・。後、一般の呪いもおんなじ。継続魔法は全部無くなる。」
 「!!!・・・それじゃ!!!」

 「そう・・・あなたの持っている杯も剣もまだ使えますよ・・・。」

 シルフィリアの言葉を聞いて、安心したのかシュピアにも余裕の笑みが戻った。

 「ならば、私が負けることなどありえんというわけだ・・・。何しろ、君は全てのスペリオルを失い、我が手にはこのエクスカリバーがある。たとえ幻影の白孔雀に全ての魔力が戻ったと言えど、生身の少女が最強の剣を持った男に勝てるのかな?」


 その言葉を聞いて、壁際で聞いていたサーラ達も苦虫をかみつぶしたような顔になる。

 「どうして・・・確かに魔力が無ければ不利には変わりないけど、スペリオルを失った今・・・。」
 シルフィリアの不利は変わらない・・・。

 「アハハハハッ・・・傑作だな・・・。まさか、こんな捨て身の戦法に出るとは!!!」
 
 シュピアは高笑いし、壁際の人物達は再び絶望へ追いやられる。
 しかし、それに対しアリエスは苦笑し、シルフィリアはクスクスと笑っていた。

 「何がおかしい。」
 シュピアが問いかける。


 そして、それは壁際で苦笑していたアリエスにもサーラから同じような言葉が発せられた。

 「アリエスさん!!!なんでそんな余裕なの!!!?この空間内ではエクスカリバーを持ってるシュピア以外・・・みんな戦力ダウンしてるんだよ!!!!」

 それに対しアリエスは・・・



 「いや・・・一人・・・」



 静かに・・・囁くように呟く。





 「たった一人だけ・・・この空間内で戦闘力がバカみたいに上がる人がいる・・・。」



 「一人って・・・」



 ハッとするサーラ・・・









 「まさか!!!!!!?」
 「そう・・・」




 「ファーストリミット、リリース・・・。」
 シルフィリアの周りを包む魔力が一気に増した。
 「セカンドリミット、リリース・・・。」
 シルフィリアの周りでパチパチと放電が起こる。空間に魔力が飽和している状態だ。




 そう・・・装備品等の魔力の変動を失くし、平等にするということは・・・


















 「シルフィリアに掛けられているリミッターも・・・全部外れる・・・。」




 









「サードリミット、リリース・・・」
 そうシルフィリアが唱えた瞬間・・・場の空気が一気に変わった。聖堂内のガラスというガラスが割れ、砕け・・・そして、静かに見開かれたシルフィリアの瞳は・・・両目共に“聖蒼ノ鏡(ヤタノカガミ)”・・・また、体にも薄い布のようなモノが生じている。まるで羽衣の如く纏ったそれは、ものすごく美しいオーロラだった。そして、サーラ達はその正体を知っていた。

 「あれは・・・絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)!!?」
 「そう・・・3つ目のリミッターを解除した状態のシルフィリアはあれを絶えず身に纏う・・・。それはつまり・・・」
 「絶対無敵の鎧・・・。」
 ロビンがそう呟いた。

 「なるほどな・・・。確かにその状態なら、私に勝てるかもしれないな?」
 
 だが、エクスカリバーを持つシュピアはまだ余裕だった。それもそのはず。エクスカリバーには防御魔法を破壊する効果がある。すなわち、絶対守護領域など意味を成さない。

 しかし・・・
 
 

 「ファイナルリミット・・・リリース!!!」


 シルフィリアがそう言った瞬間・・・その余裕は軽々と崩壊することになった。


 
 絶対守護領域は羽衣からローブへと変化し、シルフィリアの体を覆う。そして、シルフィリアの体にも徐々に変化が生じた。魔法も使わずに空中に飛びあがると、その全貌が姿を現す。

 まず出現したのは、14枚の光の羽根。配置的にはいつもと変わらないがその大きさは巨大な聖堂の端から端まで広がる程に巨大で美しく、さらに、頭の上にはとてつもなく豪華な装飾の成された天使の輪。

 そして瞳は・・・両目共に鮮やかなエメラルド色に変化する。
 そして肝心の魔力はというと・・・


 聖堂いっぱいに・・・いや、フェナルトシティ全体にキラキラとした粒子が飛んでいた。
 
 つまり・・・

 「魔力の超濃縮・・・」とサーラが呟く。
 「どういうことだよ!!?」
 「つまり、体の中に溜めきれなくなった魔力が外に溢れだして、さらにその溢れだした魔力が多すぎて、必然的に濃度が上がり、視覚的にとらえられるようになっているの。」
 「そ!!!それって!!!」
 「ありえない・・・原理上はできても・・・魔法学的には有り得ない・・・」


 「でも、それを成すことが出来る・・・。なんでシルフィリアが自身の魔力を1/25に制限しなければならないか分かるだろう?・・・あんなのが出現するなんて・・・界王ですら予測しなかっただろうさ・・・。あれが・・・幻影の白孔雀だ・・・。」

 ほとんど変身とも言うべき変化を終えたシルフィリアはゆっくりとさながら天使の如くファルカス達の元へと舞い降りる。
 なんかもう・・・神々しすぎて直視できない。

 「腕を・・・」

 言われるがままに無くなった腕を差し出すファルカス。するとシルフィリアはすっと手を翳し、落ちていたファルカスの腕を自分の元へ取り寄せる。そして、斬れた部分にゆっくりと接合し・・・

 「少し、刺激がありますよ?」 
 と言って、その腕に向けてゆっくりと手を翳した。

 ピリピリという感覚と共に接合部がジュゥウウゥと煙を上げる。
 そして、ものの数秒の後に・・・

 腕は元通り戻っていた。



 「そんな馬鹿な!!!!!」

 驚きを隠せないシュピアを完全に無視してシルフィリアは次の作業に入る。
 全員を一列に並べて静かに両手を翳す。

 すると・・・負っていた傷が一気に癒えた。さながら集団に“神の祝福(ラズラ・ヒール)”をかけた様に・・・しかもそれだけではない。服は修復されるし、魔力も全快まで戻る。
 しかも疲れも抜け、目も冴え、まさに最高の気分になっていくのだ。
 
 シルフィリアが手を引いた時には全員はすっかり元通り・・・いや、それ以上の状態になっていた。


 「すごい・・・すごすぎるよシルフィリア様!!!」
 「様付は勘弁して下さい。」
 「ううん!!!様だよ!!天使様だよ!!!神様だよ!!!!」
 「まあ、そう言われると・・・ちょっと嬉しいですが・・・。」



 「舐めるな!!!!」


 もはや小物としか思えなくなってきたシュピアが大声を上げる。
 
 「いくら魔力が上がった所で、武器が無ければ同じこと!!!どの道私の優位は変わらない!!!」
 
 するとシルフィリアは再びゆっくりと飛翔する。

 「確かに、このままでは負けるかもしれませんね。でも・・・」
 
 シルフィリアはそう言ってクスクスと笑う。


 「・・・無いなら、出せばいいだけのこと・・・。」

 その一言に凍りついたのはシュピアでもリオンでもなく、一番後ろに居たクロノだった。

 「出す・・・まさか!!!」

 シルフィリアが両手を静かに広げる。

 「さて、クイズです。私の最強奥儀、”絶対なる七つ道具(エクシティウム・エプタ)”・・・。そのうちあなたに封じられ、現在解禁状態にあるモノは一体何でしょう・・・。」

 その言葉にシュピアはようやく気が付いたようで、段々と冷汗をかき始め、ジリジリと後ろに下がる。


 

 「正解は・・・『幻想なる刻の扉(イリューシオ・ホーラフォリス)』・・・」



 シルフィリアがそう唱えると同時に彼女の後ろに一気に5枚もの巨大な扉が出現する。純白にして最高に装飾が施されたまるで城門のような大きさの扉。
 その全てが緩やかに同時に開き、まず飛び出したのは・・・


 シルフィリアの魔法杖“ヴァレリー・シルヴァン”だった。

 そして、それを皮切りにするようにどんどん物品が飛び出す。
 ファルカスのエアブレードとマジックガーダー、サーラのブリーストのローブとメルディンと護りのペンダント。ロビンのエアブレードと杖。アリエスのナルシルと騎士服のローブ。そう・・・それは・・・

 「なるほど・・・“エース武器は送れ”ってこういうことか・・・」

 やっと納得したファルカスは静かに頷く。

 「空間内にあったら全部無効化ですもんね。」
 「さっすがシルフィリア様!!!」
 「ですから、様付は・・・」

 納得した様子でフル装備に身を包んだ4人が頷いた。

 「さて・・・現状を説明します。ファルカスさん達、全員はこれから私が無限に魔力供給しますので、好きなだけ魔力を使って構いません。武器が壊れれば扉が自動的に補充します。また、怪我をしても、今の私は全ての現代魔法は詠唱無しで、古代魔法は呪文の部分を言うだけで使えますので、瞬時に回復します。ってことですみません。サーラ様の出番を取ってしまいましたね。」

 「その分戦っちゃうからいいよ(はぁと)」


 「ではでは・・・反撃開始と参りましょうか?」


 「「「おう!!」」」」



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